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富山地方裁判所 昭和41年(行ウ)4号 判決 1968年2月16日

原告 北星ゴム工業株式会社

被告 魚津税務署長

訴訟代理人 川本権裕 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の求める裁判)

原告訴訟代理人らは、「被告が原告に対し昭和三九年四月二七日付でなした、昭和三七年一一月一日より昭和三八年一〇月三一日に至る事業年度以降青色申告書提出承認を取消す旨の処分は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人らは主文と同旨の判決を求めた。

(請求原因)

一、原告は、法人税の申告につき、所轄税務署長である被告から青色申告書提出の承認をえて納税を続けてきたが、被告は原告に対し、昭和四〇年法律第三四号による全面改正前の法人税法(以下単に旧法人税法という。)二五条八項三号に該当する事実があるとして、昭和三九年四月二七日付通知書により、昭和三七年一一月一日より昭和三八年一〇月三一日に至る事業年度(以下単に本件事業年度という。)以降右青色申告書提出承認を取消す旨の処分(以下単に本件取消処分という。)をした。そこで原告は、昭和三九年五月二八日付で被告に対し異議申立をしたが、同年六月三〇日付で棄却され、さらに同年七月二四日付で金沢国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四一年二月八日付で棄却せられ、右棄却の裁決書謄本を同月一二日に受領した。

二、しかし、本件取消処分にはつぎの違法があるから、その取消を求める。

(一)、原告には、旧法人税法二五条八項三号に該当する事実はない。

(二)、かりにそうでないとしても、本件取消処分は平等の原則に違反している。すなわち、青色申告書提出承認の取消処分をなすにあたり、担当税務署長の主観、恣意、感情の介入により不公平な処分がなされるのを防ぐため、国税庁から基本通達(乙第三号証の二)の他に右取消処分をなすべき場合の具体的基準をさらに詳細に定めた通達が出されている。ところで、本件のように架空下請工賃の計上による申告洩れの所得が僅少であるときは、現に行われている右通達の基準によれば青色申告書提出承認を取消すべき場合に該当しないものとして、取消処分がなされないのが通例であるのに、原告に対してのみ右通達によらないで本件取消処分をなしたのは、平等の原則に違反して違法である。

(三)、本件取消処分の通知書には、その処分の基因となつた旧法人税法二五条八項三号に該当する具体的事実が記載されていないから、この点においても本件取消処分は違法である。

(被告の答弁)

請求原因事実のうち第一項の事実は認めるが、その余はすべて争う。なお、本件取消処分の通知書には、法の要求する必要にして十分な記載がなされている。

(被告の主張)

原告は、本件事業年度において、その備え付けの帳簿の下請工賃勘定に、合計金五六八万三、七三七円の多額の架空下請工賃を水増し計上し、それによつて得た簿外資金のうち簿外経費に充てた残額の別口利益金三〇四万三、八七一円を、架空名義の普通預金に預け入れ、従業員に対する貸付金に充て、社長等に交際費の名目で支給し、さらに右普通預金の一部を架空名義の定期預金に切り替えるなど所得を隠ぺいして、確定申告書を提出していたものである。被告は、右の事実が旧法人税法二五条八項三号に該当するものと認めて本件取消処分をしたのであつて、本件取消処分には何ら違法の点はない。

(被告の主張に対する原告の答弁)

一、被告の主張事実のうち原告が、本件事業年度において、その備え付けの帳簿の下請工賃勘定に、金五六八万三、七三七円の架空下請工賃を計上し、これによつて得た簿外資金から工賃金二〇一万六三七円、福利厚生費金一二万二、〇〇〇円、家賃金五四万円、交際費金一四万四、〇〇〇円の合計金二八一万六、六三七円の経費を簿外に支出し、その残額金二八六万七、一〇〇円と利子収入金三万二、七七〇円の合計金二八九万九、八七〇円を、一部架空名義の普通預金としまたは社長等に交際費の名目で支給し、さらに右普通預金のうち金一二〇万円を架空名義の定期預金に切り替えていたことならびに本件事業年度の確定申告に際し右金二八九万九、八七〇円の所得が申告洩れとなつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、原告がなした右のような帳簿上の操作は、旧法人税法二五条八項三号に該当しない。すなわち、

(一)、原告のような弱少企業の通例として、生産量は常に時々の受注に依存せざるを得ず、この変動に対応するために常に臨時傭員の確保に腐心するのであるが、その臨時傭員の対象は未成年者、女子、失業保険受給中の失業者に依存しなければならない実情にある。そして、これらの臨時傭員に支払う工賃および過勤手当等につき、労働基準法および失業保険法上の合法を装うため、やむを得ず架空下請工賃勘定を設定しなければならないこととなるのであるが、原告はたまたま本件事業年度の半ばにおいて輸出関係の受注が急増し、臨時傭員三〇名前後の確保が必要となり、それらの人々に支払う工賃の準備を迫られた結果、毎月の臨時傭員量を予想してこれに支払うべき工賃額を各月に別口の下請工賃勘定に計上したうえ、臨時傭員の工賃等の支払いをしてきた。ところが、実際の傭員量が右予想傭員量を下廻つたため、残額を翌月廻しとして積み立てたものである。そして、右架空計上の下請工賃金五六八万三、七三七円から実際に支出した工賃等前記の簿外経費金二八一万六、六三七円を控除した残額金二八六万七、一〇〇円に利子収入金三万二、七七〇円を併せた金二八九万九、八七〇円は本件事業年度末において整理戻入すべきであつたところ、当時の担当者である原告会社の杉本経理課長がこれを失念したため、右の金額を過少申告した結果となつたのであつて、右の操作は脱税を目的としてなされたものではない。

(二)、右脱漏所得となつた架空下請工賃二八九万九、八七〇円は、本件事業年度における原告の総損金の一ペーセントにすぎず、しかもそれは帳簿書類の他の勧定科目の記載事項とは直接の関連がない。

(三)、右架空下請工賃を除いた他の九九パーセントの取引については、すべて整然かつ正確に記帳されている。

(四)、旧法人税法二五条八項三号によれば、帳簿書類に取引の一部が隠ぺい又は仮装して記載されている場合に、それが当該帳簿書類の記載事項の全体について、その真実性を疑うに足りる不実の記載と認められるときに限り取消原因となるものと解せられるところ、右(一)ないし(三)の主張事実によれば、原告の行つた前記操作は、帳簿書類の記載事項全体についてその真実性を疑わしめるものとはいえない。

(証拠関係)<省略>

理由

請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

そこでまず、原告に本件事業年度において、旧法人税法二五条八項三号に該当する事実があつたかどうかについて検討してみる。

本件事業年度において、原告がその備え付けの帳簿の下請工賃勘定に、合計金五六八万三、七三七円の架空の下請工賃を計上したこと、これによつて得た簿外資金の一部を簿外の経費に充て、その残額を一部架空名義の普通預金に預け入れ、または社長等に交際費の名目で支給し、さらに右普通預金の一部を架空名義の定期預金に切り替えていたことならびに本件事業年度の確定申告に際し申告洩れの所得があつたことは当事者間に争いがなく、証人杉本芳夫の証言(一回)によつて真正に成立したものと認められる甲第二号証、成立に争いのない乙第一、第二号証および証人市村弘昭、同杉本芳夫(一回)の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すると、

(一)、原告が本件事業年度において、その備え付け帳簿の下請工賃勘定に各月にわたり、架空の下請工賃を計上し、その累計額が金五六八万三、七三七円であること、

(二)、原告が、本件事業年度において、右架空計上によつて得た簿外資金から、

(1)、工賃金二〇一万六三七円、厚生費金一二万二、〇〇〇円、家賃金五四万円、交際費金一四万四、〇〇〇円以上合計金二八一万六、六三七円の各経費を、正規の帳簿に記載せずに支出し、

(2)、いずれも正規の帳簿に記載せずに、大倉浩の名義で新川信用金庫生地支店に、昭和三八年四月三日金三四万九、〇四〇円、同年同月三〇日金三六万八五〇円、同年五月三〇日金三六万五、五八〇円、同年七月一日金三六万三、一九〇円以上合計金一四三万八、六六〇円を普通預金とし、同年八月二三日右普通預金から金一〇〇万円を払戻し、これを同日、大倉浩名義で同支店の通知預金とし、同年九月三〇日右通知預金を解約し、同日同人名義で同支店の定期預金とし、さらに同日右普通預金から金二〇万円を払戻し、これを同日三島三郎名義で同支店の定期預金にし、

ていたこと

が認められ、これに反する証拠はない。

以上の事実関係に徴するときは、本件は旧法人税法二五条八項三号にいう「当該法人の備え付ける帳簿に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載する等当該帳簿書類の記載事項の全体について、その真実性を疑うに足りる不実の記載があること。」が認められる場合に該当するものといわざるをえない。

原告は、右下請工賃の架空計上等は、臨時傭員に支払う工賃および過勤手当等につき、労働基準法および失業保険法上の合法性を装うためやむを得ずなした簿上操作で脱税を目的としてなしたものではなく、又本件事業年度の確定申告に際し脱漏所得となつた架空下請工賃は本件事業年度における原告の総損金の一パーセントにすぎず、しかもそれは帳簿書類の他の勘定科目の記載事項とは直接の関連がないものであり、架空下請工賃を除いた他の九九パーセントの取引については、すべて整然かつ正確に記帳されているから、本件は旧法人税法二五条八項三号の場合には該当しない旨を主張する。

しかしながら、青色申告制度は、納税義務者のなす記帳が、法令所定の方式に従つて誠実になされ真の取引の結果を示しているものとしてこれに信頼を置くという理念にもとずくものであるから、原告の帳簿書類に前叙のような仮装、隠ぺいの記帳がなされている以上、その額自体ならびに態様に照し、それらが脱税の目的で行なわれたものではないとしても、又、その額の総損金に対する比率や他の記載事項の真実性を云々するまでもなく、当該帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載があると認めるのが相当である。したがつて原告の右主張は採用できない。

つぎに、原告は、本件取消処分は平等の原則に違反する旨を主張するが、その主張事実を認めるに足りる的確な証拠はないから、右主張は採用できない。

さらに、原告は、本件取消処分の通知書には、その処分の基因となつた具体的事実の記載がないから右取消処分は違法である旨主張するが、旧法人税法二五条九項によれば、青色申告承認取消の通知書には、取消の基因となつた事実が同法二五条八項各号のいずれに該当するかを附記すれば足りるのであつて取消の基因となつた具体的事実を記載することまでは要求されていないものと解するのが相当であり、そして成立に争いのない甲第三号証によれば、本件取消処分の通知書には、原告は、旧法人税法二五条八項三号に掲げる事実に該当するから青色申告書提出承認を取消す旨の記載があることが認められるから、理由の附記について、不備はないものといわなければならない。

以上のとおりだとすると、本件取消処分は何ら違法の点はなく、またこれを取消さねばならぬ程度に著しく妥当を欠くものとも認められないので、右取消処分の取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 倉橋良寿 伊藤邦晴 谷鉄雄)

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